茶飲み話[18]
「誰かが私を笑っている/向こうでもこっちでも/私をあざ笑っている/でもかまわないさ/私は自分の道を行く/笑っている連中もやはり/各々の道を行くだろう/よく云うじゃないか/『最後に笑うものが最もよく笑うものだ』と/でも私は/いつまでも笑わないだろう/いつまでも笑えないだろう/それでもいいのだ/ただ許されるものなら/最後に人知れず微笑みたいものだ/」。(樺美智子遺稿集「人知れず微笑まん」より)▼樺美智子さん。いまや彼女の名を記憶しているのは70歳代以降の人たちだろう。1960年6月15日、東京大学文学部の4年生だった彼女は急進的な学生運動組織の活動家として、日米安保条約改定阻止を叫んで4000人の全学連のデモ隊とともに国会に突入し、警官隊と激しく衝突が繰り返されるなかで死亡した▼マスコミ・世論は警官隊の暴走・暴行を強く非難し、家族の希望で解剖を行った医師は「眼のひどいうっ血、これは首を強くしめつけられたため。ひどいすい臓出血は上から踏みつけられたもの」と警官隊の暴行による死亡を示唆したが、結局は胸部圧迫死という曖昧な形で彼女の死は歴史のかなたに葬り去られてしまった。▼この日、全国各地で580万人の労働組合員らが決起し、彼女が亡くなったこの衝突による負傷者は重症43人を含め589人、逮捕者は182人にのぼった。彼女が事件に巻き込まれる数時間前には右翼の児玉誉士夫配下の「維新行動隊」が、女性デモ隊員らを集中的に襲い暴虐の限りを尽くしていたが、警官隊はそれを放置していたという。歌人の故土屋文明は、彼女の死を悼んで「一ついのち/億のいのちに代わるとも/涙はながる/われも親なれば」と詠んでいる▼半世紀を経たいま、労働組合は世の中の不正・理不尽とたたかう心を忘れ、若者たちの多くは政治への関心を失っている▼特定秘密保護法の強行可決、武器輸出三原則の転換、国家統制にもつながりかねないNHK人事への介入、憲法解釈を捻じ曲げてまでの集団的自衛権行使へのこだわりなどは、安倍総理が描く「美しい国、自信と誇りを持てる日本」にするための揺るぎない信念によるものなのだろうか。しかし一方でそれは、危険極まりない「権力者の信念」であり、立法府における絶対的優位による権力の暴走でもある。(良穂)[2015/06/19]