茶飲み話[138]サツマイモ、ウイルス、ヒトゲノム

 定年を過ぎて一年後あたりの頃、歩いて10分ぐらいにある畑を借りた。家の前の道路をはさんで、向こうは川崎市麻生区、畑は、近くで雉が闊歩する草深いところにある。畑の持ち主は、柿生駅近くにあった飲み屋のご亭主の兄上で、丁度空きができたことがわかって借りることにした。これをきっかけに鍬や鎌などの農具を使い始めた。 
 はじめは、キュウリやトマトなど家庭菜園の定番と言えるものから始めた。しっかり水をやって、雑草を引き抜いてやればそれなりの収穫はあった。
 そうこうしているうちに、東京の高校の退職者会から呼び出しがあり、役員をすることから日退教の一員として活動することになった。
 若干の忙しさが加わり、畑の作付けは手のかからないものに移っていった。現在では2月のジャガイモから始まって、サトイモ、サツマイモなどイモ類が中心で、秋からはネギ、玉ねぎなど雑草をあまり気にせずに作れるものばかりである。
 収穫したもののうち、タマネギ、ジャガイモ、サツマイモはそれ相当の収量があり、近くの子ども食堂に持っていっていた。昨年秋も、サツマイモができて、子ども食堂に電話を入れたところ、新型コロナ感染の影響で子ども食堂を実施していないとのことであった。子どもたちはどうしているのか気になったが、改めて、コロナウイルスの影響に気づかされた。
 ウイルスは小さくて、普通の顕微鏡では見えないのでたちが悪い。野口英世博士は黄熱病を研究し、ワクチンを作ったが、黄熱病に倒れた。当時は、黄熱病ウイルスの存在がわからなかった。
 ウイルスの存在が発見されたのは1898年。わずか120年ほど前で、口蹄病にかかった牛と、たばこの葉っぱの病気の研究から発見された。それらはとても小さくて、細菌フィルターをすり抜けることから、ろ過性病原体と呼ばれていた。たばこの葉っぱの病気の原因はタバコモザイクウイルスで、電子顕微鏡で姿をとらえたのは1932年になってからである。
 新型コロナウイルスの感染は、ウイルスの持つ遺伝情報のRNAがひとのDNAに働いて・転写して、それをもとにウイルスが大量につくられ、感染する。
 DNAには4種類の塩基が存在している。ヒトのDNAは、4種類の塩基が30億個並ぶ鎖が、2本ペアになってヒトゲノムを構成している。ペアの片方を母親から、もう一方を父親から受け継いでいる。
 ヒトゲノム・塩基配列を調べると、「内在性ウイルス配列」と呼ばれる古代のウイルス由来の配列が約8%も占められていることがわかってきた。その多くは数百万年前にヒトの祖先のゲノムに入り込んだと考えられている。最近の研究により、内在性ウイルス配列の一部が、胎盤形成や神経伝達に関与することや、病原性ウイルスの感染を防御する働きがあることが分かってきた。ウイルス感染を利用して人間は進化してきたのかもしれない。さらに研究が進んで、癌などの腫瘍の発現・進行や抑制にも内在性ウイルスの影響があることまでわかってきている。
 私たち人間が同じ「内在性ウイルス」の痕跡を持つということは、私たちの直接の祖先は同じだけのウイルスに感染していたことを意味する。8%のウイルス感染の痕跡は、私たちの祖先は、繰り返し起きたであろう、感染症の大流行をすべて潜り抜けて生き延びてきということの「証」である。
 今、世界で4億8000万人が新型コロナウイルスに感染し、また、感染者数が増えてきた。ウクライナのキエフでは、地下鉄の構内に多くの市民が避難していると聞く。きっと新型コロナ感染の危機に晒されているに違いない。一刻も早い「停戦」を祈らずにはいられない。

退職者連合幹事 平岡 良久(日本退職教職員協議会)