茶飲み話[116] 「音訳」で世界が少し広がり深まる

 私は小学校で教員として働いてきた。現職時代は毎日が忙しかったが、子どもたちと一緒に過ごす日々はとても充実していた。
 退職を目前にしたある日、区の広報紙に載っていた「音訳者養成講座 受講生募集」の知らせに興味を持った。「音訳って何?」何も知らなかった私は、早速区役所に電話をかけて、「音訳」の概要と講座の受講について尋ねた。「音訳」とは視覚障碍者が読みたい本を、「音声」に変えて、声で本を聞くことができるいわゆる「声の蔵書」を作る仕事だと知った。
 デモテープの提出、簡単なテスト、週に1度3時間ほどの講座を30講座受講、最後に終了テスト。クリアすれば音訳者としての登録となる、とのこと。退職が目の前だったので、時間的には何とかなるかと思い応募し、受講生になれた。
 毎週出される宿題は、主に文章を読んでそのテープを提出することであった。始めてみると、私には知らないことばかり。汗をかき、目を白黒させながら課題を提出していった。やっと最終テストにもなんとか合格し「音訳者」資格取得となった。
 読む本は図書室から依頼がある。ジャンルはさまざまで、小説が一番多いが、時には映画や舞台の台本・専門書・絵本等もある。アメリカの野球史、なんて私の読書範囲には登場しない本もあったりして、興味深く読んだ。子育て本では、そうそうそうだよね、などと共感しながら読んだ。分からない言葉はとにかく調べる。例えば地名で、「神戸」は「こうべ?かんべ?ごうど?かんど?」地域によって読み方がみんな違う。今はインターネットがあり、調べの作業は早くできるようになった。
 どの本も、正しく伝わるように注意しながら、一冊一冊を仕上げている。
 ボランティア活動なので無理せず、今は年に2~3冊のペースで引き受けている。蔵書の作成は人のために、ではなく終わってみれば必ず自分の世界が少し広がり、深まっている実感を得ている。

退職者連合副会長 北村典子