茶飲み話[85]

 わが家の前を鶴見川が流れている。もう覚えている人はいないだろうが、2002年8月、多摩川に現れた「あごひげアザラシ」のタマちゃんが回遊してきたことでも知られる、あの鶴見川の上流である。多摩丘陵(町田市小山田町)の泉を源流に、川崎市との境を通って横浜市に入り、東京湾に流れ込んでいる▼深みには真鯉が悠然と泳ぎ回り、運が良ければ、市の鳥に指定されているカワセミがコバルトブルーの羽を輝かせながらホバーリングを繰り返し、水中ダイビングする姿なども見ることができる。冬はカモ類を中心に、北から渡ってくる色とりどりの水鳥の憩いの場でもある▼水温む4月末から5月にかけて、鶴見川の鯉は恋の季節を迎える。川の両岸に群生する葦(あし)や柳の葉影の下で、一匹のメスを奪い合うオス数匹があちこちでバシャバシャと激しい水音を立て、もつれ合いながら産卵をいざなう。自分の子孫を残すためにオスも必死なのだろう▼そんな鶴見川の鯉も、近年少子・高齢化に見舞われているようだ。卵がふ化し、数センチに成長する秋から冬にかけて、30羽、40羽の鵜の大群がたびたび飛来しては稚魚を追いまわし、食いつくしてしまうからである。また、鵜の群れには必ず白鷺やごい鷺、青鷺などが数羽単位で混じっていて、鵜の追跡を逃れようとする稚魚を浅瀬で待ち構え、労せずして鵜の上前を撥ねる。まさに”サギ”とはよく言ったものである▼そんな光景を人間社会に結び付けてみるのはこじつけが過ぎるだろうか。仕事が不安定で将来に希望が持てないために結婚できない若者や、子どもを産み育てることができないご夫婦が増えている。このままでは黄昏社会(たそがれ社会)になることが分かっていても、強欲者が若い労働者を食いつぶしているのを止めることができない政治の貧困。やがて鶴見川に鯉の姿を見ることも、「恋の水音」を聞くこともなくなってしまうのだろうか。(良穂)[2018/10/10]