茶飲み話[105]
久々に「目から鱗」であった。『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著/柴田裕之訳)である。ホモ・サピエンスが他の人類を根絶やしにして、地球の頂点に君臨できたのはなぜか。人類史のすべてを掘り起こし、その能力と性質のゆえに、これから人類がたどるであろう未来を予言している。下巻15章「科学と帝国の融合」の「征服の精神構造」の項には次のような逸話もある▼『1969年7月20日、ニール・アームストロングとバズ・オルドリンが月面に着陸した。この月探検までの数か月間、アポロ11号の宇宙飛行士たちは、アメリカ西部にある、環境が月に似た辺境の砂漠で訓練を受けた。その地域には、昔からいくつかのアメリカ先住民のコミュニティがあった▼ある日の訓練中、宇宙飛行士たちはアメリカ先住民の老人と出会った。老人は彼らに、ここで何をしているのか尋ねた。宇宙飛行士たちは、近々月探査の旅に出る探検隊だと答えた。それを聞いた老人はしばらく黙り込み、それから宇宙飛行士に向かって、お願いがあるのだが、と切り出した。「何でしょう?」と彼らは尋ねた▼「うん、私の部族の者は月には聖霊が棲むと信じている。私らからの大切なメッセージを伝えてもらえないだろうか」と老人は言った。「どんなメッセージですか?」。老人は部族の言葉で何かを言い、宇宙飛行士たちが正確に暗記するまで、何度も繰り返させた▼「どういう意味があるのですか?」。「ああ、それは言えないな。私らの部族と月の聖霊だけが知ることを許された秘密だから」。宇宙飛行士たちは基地に戻ると、その部族の言葉を話せる人を探しに探してついに見つけ出し、その秘密のメッセージを訳すよう頼んだ。暗記していた言葉を復唱すると、訳を頼まれた者は腹を抱えて笑い出した▼彼によれば、宇宙飛行士たちが間違えないように苦心して暗記した一節の意味は次のようなものだった。「この者たちの言うことを一言も信じてはいけません。あなた方の土地を盗むためにやってきたのです」―』。全人類史を俯瞰(ふかん)すれば、まさに的を射た、笑うに笑えない小話である。(良穂)[2019/9/16]