日本ソフトボール協会・公認審判員としての思い出

JP労組退職者の会
東京地方退職者の会 高木時夫

 日本ソフトボール協会の公認審判員となって37年目となりました。
今思うと、私の審判活動のピーク時は、2013年の「スポーツ祭東京」(68回国民体育大会)だったのかなあと思います。

 2008年から5年間各種大会に出て、このための研修に次ぐ研修でした。終わってみれば、アッという間に終了の感。
 20年前は、高校の大会では、強豪チームはほぼパワハラ監督・指導者がいるのが当たり前のことでした。その変わり目に私は立ち会ったと思っています。

 皆さん北京五輪で「奇跡の413球」と言われた上野由岐子投手のことは、よくご存知のことと思います。二番手の江本奈穂投手のことはご存じないと思います。スーパー上野が全試合先発完投したので、出番がありませんでした。決勝で金メダルを決めたとき、上野を肩車に乗せていた人です。

 2003年3月第20回全国高校選抜女子ソフトボール大会が江戸川球場で開催されました。パワハラ監督の「けつバット」「ゴッツンバット」(ヘルメットの上からバット)、飛び交う罵声。大勢の観客と父兄の眼下での光景。多くのメディアもいる中で、これが当たり前の光景だったのです。罵声で審判中もドキッとすることもありました。
 そんな中で、パワハラとは無縁の京都西山高校の17歳のエース江本が怒号や罵声も無い中で、スマートに勝ち進み、ついに優勝旗を獲得しました。

 私は、心の中で万歳を叫びました。

 優勝チームの集合写真撮影では、女性監督が若くて小柄のため、選手と同化してどこにいるのかわからなかったことも思い出です。

 笑顔がパワハラを圧倒した歴史的な日だと確信しました。現在も西山高校では女性の監督と伺いました。
 私も後期高齢者。あと何年審判活動ができるのかなあ。

 もう少し頑張ります。