第9回幸せさがし文化展入賞者のご紹介(1)
第1回
所 属 基幹労連退職者の会・川崎重工坂出OB会
賞 写真の部 「秀 作」
一層の自信と今後の趣味活動の大きな励みに
労組の濱岡書記長から「連合・ILEC幸せさがし文化展」があることを聞かされ、「写真の部に応募されては」との話を受けました。初挑戦でしたので「幸せさがし」といっても幅が広く、主催者側がどのような傾向の幸せを望まれているのかが分かりませんでした。写真づくりの基本は「ハッキリ」「スッキリ」「ドッキリ」ですので、手持ちの作品から10点程を選び出し、その中から3点に絞込み応募しました。
「悪くても入選ぐらいはするのでは」と勝手な予感らしきものはしていましたが?・・・「秀作」との知らせを受け、ビックリすると共に大きな喜びと深い感銘を頂きました。全国規模の公募展に入賞することにより一層の自信と今後の趣味活動の大きな励みになると考えます。大変有難うございました。
初任給を握り、質屋で中古カメラ購入
私は、1957年(昭和32年)に川崎神戸工場に入社。当時から写真には大変興味があり、初任給7,000円を握って神戸新開地の質屋に行き、中古品の「マミヤ35EEメリット」を購入したのが、写真趣味への第一歩でした。
川重演劇部の仲間たちをモデルにしたり、神戸港にはアメリカの駆逐艦や空母などが頻繁に入港していたので、艦内に乗船させてもらい艦長や水兵さんと身振り手振りの会話を交わしながら、艦内を撮影して楽しんでいました。
初めての入賞経験は、神戸市長賞
神戸ポートタワーの上から真下に固まって係留されている艀舟(はしけぶね)の様子を捉えた作品が兵庫県展に入選し、神戸市長賞をいただいたのが初の入賞経験でした。その後は、坂出工場転勤また岐阜工場転勤などもあり、そのお陰で岐阜県展、居住は愛知の江南市でしたから愛知県展、再び坂出勤務となり、香川県展にと入選を重ねてきました。4県の県展に入選したことは大変珍しいのでは、と自我自称しています。ここ10年ほどは、二科展にも6回入選し、東京六本木の国立新美術館に展示される作品を鑑賞できることが最大の喜びです。
失敗を繰り返して腕磨く
最近になってデジタルカメラに切り替えましたが、フィルム時代は、カメラの中でフィルムが巻かれず現像後何も写っていなかったことが分かって落胆するなど、何度も失敗を繰り返しながら腕を磨いてきました。
良い作品づくりには、辛抱強くまた忍耐強くシャッターチャンスを“待つ”ことも必要です。季節感や気象条件を常に考慮しながら、早朝から真夜中まで、寒い中、暑い中、雨の中、雪の中といわず、自分自身の思い描く1枚の作品づくりの構図を求めて何時間でも待つ根気と勇気です。
さらにもうひとつは、フットワークです。被写体より一歩前にでて正面から撮るように教えられてきましたが、体力と足腰の衰えには勝てず、その場からの撮影に終わってしまうことが残念でなりません。
仲間たちから喜びの声とどく
今回、初めて働く労働者を対象としたコンテストに入賞できたことに川崎重工労組坂出支部の安部委員長をはじめ濱岡書記長、坂出OB会の仲間たちからの喜びの声を多く頂きました、さいたま市の孫からも「じいちゃんまたやったね」と電話で褒めてもらいました。今後、香川県美術家協会、全日写連香川県本部の委員や仲間たちにも幸せさがしの「入賞作品集」を持参して報告いたします。
日本人の心意気と和の美しさを表現したい
人物スナップ、都市景観、暮らし、ドキュメンタリーなど主として人々の生活と伝統と格式のある大祭から、素朴な信仰、地元の子ども祭りまで、全国各地に伝わる日本の文化“祭り”。日本人の心意気と和の美しさを表現できる作品づくりを目指しさがら、今後も熱い情熱を持って頑張ります。