会場は、参加者200人で溢れる。14地方退連からも参加者25人

 今年は5年に一度の年金制度の財政検証が行なわれます。私たち高齢者が安心して暮らすためには年金制度をしっかりしたものにしなければなりません。しかし安倍政権の下で負担増と給付削減が続いています。改正議論の本格化を前に退職者連合としてどう対応し、提言していくのか。3月27日(水)、連合本部会議室を会場に慶応義塾大学の権丈善一(けんじょう よしかず)教授を講師に招き、「大きな転換期にある社会保障と財政」をテーマに改革のポイントを学びました。権丈教授は、社会保障問題とは財源調達問題に帰結すること、赤字国債発行を前提とした「給付先行型福祉国家」は限界にきていることを指摘し、改革を訴えました。
 学習会には、産別・関連退連、地方退連(北海道、宮城、茨城、群馬、栃木、千葉、東京、神奈川、新潟、石川、兵庫、高知、長崎、沖縄から計25人)などから過去最高の約200人が参加しました。

これまでにない規模の参加者で埋め尽くされた会場。
正面は主催者あいさつする人見一夫会長。
(3月27日、連合本部3階)

改革議論は「年金はろくでもない」という誤解を解くことから

権丈善一教授

 会場を埋めた参加者を前に権丈教授は、「『年金ってろくでもないよナ』という印象を持っているなら、そうでない事を理解して欲しい」とまず注文。理由について「改革を着実に成功させるために、社会保障に対する国民の正確な理解と国民からの協力が大切だから」と説明しました。
 なぜ国民の意識の中に偏見が生まれたのか?権丈教授は、まず政治家の責任をあげ、「この10年、政争の具とされ、憎悪の対象に仕立て上げられた。国民の意識の中に社会保障へのいくつもの誤解とそうした誤解に基づく制度への憎しみが深く刻まれていった」と厳しく指摘しました。
 また日本で出版されている「年金制度の入門書」も社会保障に関係する官僚や有識者、学者などが書いた「大本営発表」と酷評して「偏見をつくった張本人たち」と批判しました。彼らは「自己を正当化するために言い訳や嘘、都合の悪いことを隠して国民を情報操作。そもそも年金制度を複雑に語ることで国民を煙に巻き、年金論議から遠ざけてきた」としてバッサリ。
 さらに2018年5月22日に政府が2040年の社会保障給付費を試算した内容についてマスコミがどう意図的に取り上げて記事にしたかという実例を示しながら、「マスコミは平気で嘘を書いてきた」と厳しく指弾しました。権丈教授は「こうしたことが国民の社会保障への信頼を傷つけている」と話し、誤解を解くためには「年金は『生涯の安心保険』との認識を持つこと」と述べました。

赤字国債が財源の「給付先行型福祉国家」は問題

 権丈教授は、社会保障のあり方そのものにも鋭く切り込みました。「日本は、社会保障給付を先取りさせてきた給付先行型福祉国家であり、その財源を赤字国債に求めた」と解説。「景気が悪い時に財政を赤字にして回復を図ることはあり得る。しかし長期的には財政のバランスを取るために、完全雇用の時には財政が黒字にならなければならない。ところが日本では、バブル期さえも財政が黒字になったことはない」と赤字国債発行に頼り続ける給付先行型福祉国家の弱点を明らかにしました。
 赤字国債依存による給付先行型は、未来にとって致命的な「誤解を生む」といいます。その理由は「今後、仮に増税ができても相当部分は、財政再建に回さざるを得ない」からであり、その結果、多くの国民に「増税しても社会保障の充実になってない」と勘違いされてしまう「宿命」にあることだと言います。また将来の高齢者の年金が低くなってしまうことなども指摘し、「ない袖を振り続けたらどんな未来がやってくるのか」警鐘を鳴らし、「若者にどのような未来を残すべきか、責任がある」と述べ、「給付先行型」の問題点を指摘しました。

芋ようかんをどう増やすか

 年金問題では、掘り下げた議論になるように「芋ようかん」に例えて「芋ようかんの分け方の問題」と「芋ようかんを増やす問題」と説明しました。つまり、限られた年金資金を現受給者と将来受給者の孫・ひ孫世代とどう分配するかという問題と年金資金そのものをいかにして増やすかという問題です。
 「社会保障問題とは、結局のところ財源調達問題」。つまり「芋ようかん」を増やす問題。ところが「給付には敏感だが、財源の話、負担の話には無頓着、無理解な人たちが多い」と嘆きます。
 そうは言っても年金問題を語る上で、心配な点は基礎となる経済状況。「国内総生産(GDP)の実質個人消費は、2014年の消費増税で一維持的に落ちたものの、前後を均せば伸び続けてきた。生産年齢人口の減少を考慮しても、その一人あたりでみれば、日本経済は過去も今もそんなに病んでいない」と権丈教授は分析し、「ただし」と付け加えました。

成長戦略を邪魔する「合成の誤謬(ごびゅう)」

 問題は何か。権丈教授は「合成の誤謬(ごびゅう)にある」と語ります。「一人の経営者が儲けを増やそうと思えば、働いている労働者の賃金を下げるのが手っ取り早い。しかし全部の経営者がそれをやれば、国民の多数を占める労働者の賃金が下がり、その結果購買力がなくなり、誰も物を買えなくなる。そうすると消費が落ち、付加価値の総計であるGDPは伸びなくなってしまう」と指摘。「一人の経営者の利潤の極大化と国の付加価値の極大化は違う」と言い切りました。成長戦略とは「付加価値の巨大化を目指すことであり、政治の役割とは合成の誤謬を緩和すること」と指摘しました。そのためにも「経営者側とだけ話をするのではなく、働く側との話し合いが欠かせない」と政治のあり方にも注文をつけました。
 成長戦略を政権運営のうたい文句にしながら連合とのトップ会談を拒否し続けている安倍首相にこの権丈教授の指摘は、どう聞こえるか。耳の痛い話には違いなさそうです。

2019年財政検証での4つのポイント

 さて学習会のテーマである2019年の財政検証をどう捉えるのか。権丈教授は、2018年10月26日に日本年金学会が開いたシンポジウム「2019年財政検証」での課題を紹介し、考え方のポイントを解説しました。
 シンポで示されたのは次の点です。一つ目は「マクロ経済スライドの仕組みの見直し」、二つ目が「被用者保険のさらなる適用拡大」、三つ目が「保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制」、四つ目が「公的年金保険の誤解を解くために」です。

「マクロ経済スライド」について

 まず1点目の年金のマクロ経済スライドについて権丈教授は、「将来世代の年金受給額を増やすためのもの」として退職者連合の方針を紹介し、「現受給者から将来受給者、つまりは僕ら、孫・ひ孫への“仕送り”の強化になる」として歓迎しました。仕組みの見直しでは「今はデフレ下では発動できない仕組みになっている。今後、経済状況にかかわらずスライドを適用できるように改める必要がある」と指摘しました。

「短時間労働者への適用拡大」について

 二点目の「適用拡大」について権丈教授は、退職者連合がパートなど短時間労働者の被用者年金加入を抜本的に拡大する要求を大いに評価。厚生年金への適用拡大を進めると2階部分を持つ人が増え、みんなの基礎年金の給付水準が高くなる」と解説し「1粒で2度おいしい!」と話します。課題は、就職氷河期を経験した勤労者の年金対策。65歳になるまでに厚生年金に加入していけるような仕組みづくりが急務と強調。「基礎年金の額と加えれば、東京都区部での高齢者単身世帯の生活扶助基準額の8万円強の額を超えることができる」と試算データを示しました。ただしそれにはタイムリミットがあり、「次の改正では適用拡大が最大の焦点にならなければいけない」と注文をつけました。

「保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制」について

 さらに受給開始年齢の選択制では、「年金の給付水準を上げるには、繰り下げ(受給)はめちゃくちゃ効くことは、平成26年度財政検証で明かになっているわけで、年金保険を賢く活用してもらうためにも、繰り下げ(受給)のメリットを広く知ってもらうこと」(講演資料より)としています。なお退職者連合は、政策・制度要求の中で年金保険料拠出期間の延長と受給開始年齢の選択幅の拡大を求めています。

消費税は財源調達の大きな切り札に

 改革論議の核心である財源調達問題について権丈教授はどう考えているのか。「福祉国家を支えるための巨額な財源を得るためには、課税対象が広い消費税に頼らざるを得ない」と述べました。さらに低所得者ほど負担が大きくなる消費税が持つ問題点について「この国では、消費税は逆進的であるという呪文が流行り、健全な福祉国家の建設を阻んでいた」と批判。「消費税の税収で社会保障を充実させれば、給付額から負担増を差し引いたネットの受取額は低所得者の方が多くなり、社会全体の格差は縮小し、貧困が少なくなる」と有効性を明かにしました。
 一方、高額所得者への課税を強化して財源とする主張に対しては、7段階ある限界税率区分を示し、課税所得4,000万円以上、税率45%でも合計が2兆6,000億円しかならないこと。一方、税率5%で課税所得195万円以下では、合計が69兆4,000億円にもなることを示し、次のようにコメントしました。「不公平や格差をなくす意味では分かるが、財源を高額所得者に求めるだけでは、まったく足りず、どうしても万人の協力を得て課税対象を広めなければならなくなる」として、不公平是正論と財源論を区別することの重要性を説きました。
 消費税について大学ゼミでの学生たちの意見を「生まれた時から消費税は当たり前のようにあり、買物時の税金の高い海外にもよく行っている世代だ。彼らからすれば消費税が10%になるくらいで世の中が大騒ぎするのが不思議なようである」と紹介しました。

今こそ、みんなで支えあう国づくりを

 権丈教授は、2時間半の講演の終わりに高度に発達した資本主義国である日本の将来像について触れ、「社会保障へのニーズを柱にして高齢者が生き生きと社会参加できる環境をつくり、みんなで支え合える社会にする。必要なニーズには必要な給付をする制度をつくっていく。そのための負担はみんなでする」と述べ、福祉国家としてこの国の付加価値を高めることが重要と強調し、締めくくりました。

2時間半の講演で一度も休憩時間がない中、権丈教授の話を真剣に聴く参加者。
社会保障制度をどう強化していくのか。しっかりとした安心できる福祉国家とは・・・。
2019年財政検証後の年金改革議論では、年金受給者の立場からも提言が求められている。


<講師プロフィール>
慶應義塾大学商学部教授 博士(商学)。
1962年福岡県生まれ。1985年慶應義塾大学商学部卒業、1990年同大学院商学研究科博士課程終了、嘉悦女子短期大学専任講師、慶応義塾大学商学部助手、同助教授を経て、2002年より現職。この間、2005年ケンブリッジ大学ダウニグカレッジ訪問研究員、1996年~1998年ケンブリッジ大学経済学部訪問研究員。
公務では、社会保障審議会、社会保障国民会議、社会保障制度改革国民会議、社会保障制度改革推進会議の委員や社会保障の教育推進に関する検討会の座長など、その他多数を歴任。主要著書に「ちょっと気になる政策思想―社会保障と関わる経済学の系譜」
(2018年)、「ちょっと気になる医療と介護 増補版」(2018年)、「ちょっと気になる社会保障 増補版」(2017年)(以上、勁草書房)、「年金、民主主義、経済学―再分配政策の政治経済学Ⅶ」(2015年)など多数。